2013年7月10日水曜日

追い続ければ、また出会える ~函館競馬観戦記~

せっかく競馬と旅行を兼ねるなら…ということで、泊まる宿にも工夫を施した。
私が宿泊したツタが巻きつく洋館風のホテルには、「ハズレ馬券持参で宿泊代500円割引」というサービスを行っていた。
その時は「面白いサービスだな」としか考えていなかったが、負け込んで落ち込む身としては思わぬ清涼剤に変貌する。
もちろん、雰囲気・設備も良く、小さいながらも泊まり心地の良い空間だった事は言うまでも無い。



この旅の最後の夜、ロビーにあるアンティーク調の椅子に腰かけ、これまでのあれこれを手帳にまとめていた。
暖かい街灯が外を照らし、市電の走る音が心地よく響く。
「目で楽しむ」夜の街は沢山あるが、「音で楽しむ」夜の街というのも、実はある事を初めて知った。
もちろん、その音は喧騒は雑音では無く、穏やかなリズムを刻むものだからなおよろしい。

モーニングコールの時間を伝えにフロントへ立ち寄ると、オーナーと思しき初老の男性がひょいと現れた。
私が「馬券割引」サービスを使ったのを知っていたのだろう、おもむろに話かけてきて、暫く競馬談議に花が咲いた。

テンポイントやトウショウボーイを見て、競馬にハマってしまったこと
2歳時のナリタブライアンを現場で見ていたこと
競馬場改修後、カッコよくなったが地元の人間が行き難い雰囲気になったこと

思い出話を一通りした後、オーナーが私に話を振った。

「新馬戦は観ましたか?」
「ええ、ちょうど新馬戦の時から競馬場に居たんです…」







あまり「新馬戦」というジャンルのレースを見た事が無かった。
せっかくの旅行であり、たっぷり時間も使えるので、新馬戦から競馬を見始める事にした。
どんな馬でもデビュー戦は一度きり。
静かではあるが、実は重い「初舞台」である。

とは言うものの、予想は難航した。
血統に興味がある訳ではないし、パドックで馬を見破れるほどの含蓄はない。
何にどう思い入れと自信を植え付けば良いのだろうか…



馬の名前を眺めているうちに、ふと違和感に襲われた。
「サングラス」 …どう考えても「珍名」というカテゴリーに属する1頭だ。
紫色のメンコでふてぶてしくパドックを歩き、他の馬とは違う注目を浴びている。

騎手欄を見ていると、「田中博康」という名前が目に留まった。
クイーンスプマンテの田中博康!
競馬が好きになり、過去のレースを貪るように見ていると、否応なく09年のエリザベス女王杯も心に刻まれる。
思い切りの良い逃げっぷりと、「競馬を舐めていた訳ではありませんが…」というアナウンサーの震えた声は印象的である。
昨今はなかなか重賞レースでお目にかける事もなくなり、今日もこの新馬戦が最後の騎乗となる。

色々悩んだうちに、「思い切って買うならば…」という理由で1番の複勝を一口購入した。

レースは好スタートをきったサングラスがひたすら逃げ、半馬身差でルヴェソンヴェールら数頭がマークする展開。
4コーナーで他の馬が迫ってきた時は「もはやこれまで」と思ったが、田中騎手がぐいっと手綱を引っ張ると反応良くサングラスはスピードを上げた。
そのまま更に差を広げ、結局は1馬身差以上つけてゴール。
「単勝にしておけば…」と欲を出すには充分な勝ちっぷりである。



レースを終え、馬券についての一通りの後悔を終えると、不思議とこの馬に愛着が湧いてきた。
覚え易すぎる名前、晴れ舞台を再び目指す騎手、まだまだ可能性が見える逃げっぷり…
変な妄想は膨らむが、果たして今日のレースのように今後も上手くいくのだろうか?
いや、どこに行くかは解らないけれど、追い続けるだけの価値はあるはずだ。



「非常に素晴らしい逃げっぷりでしたよ」
「そうなんですか。じゃあ、良い線までいけますかねえ」
「うーん…まあ、東京で再び会えればベストですかね」


互いに小さな笑みを浮かべた後、オーナーは「では、おやすみなさい」と言って、再び事務所に戻っていった。

旅は小さな出会いを沢山生む…人であれ馬であれ。
どこで会うかは解らないが、追い続けていれば、いつかまた「出会い」に辿り着けるはずだ

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